熱がひいたら喉にきて、喉が治ったら熱が出ての繰り返しで、一月半あまり来てしまいました。
リーちゃんのお誕生日の時も同じことやったよな!
リベンジも兼ねて、イシトとリーちゃん巻き込んで事件引き起こしてやろうと思ってたのに!(じたばた)
というわけで、やっつけで申し訳ないですが狼君ハッピーバースデーです。
まともなものはまた後日…!(平伏)
まあたいてい、いつものバカ騒ぎというものは、これまたいつもの誰かによって引き起こされるものだ。僕は相方のリドと違ってあんまり成績もよくないし、魔法だってまだイグニぐらいしかまともに使えないけれど、そのくらいは知っている。ついでに言うと、その『いつもの誰か』が他ならぬ自分自身であることもなんとなく知っている。いわゆるトラブルメーカーというやつだ。……まあそれは、できれば気のせいであってほしいんだけれども!
「残念だけど、それは間違いなく気のせいじゃないねえ」
それなのに目の前のイシトちゃんときたら、何食わぬ顔をしてコーヒーをすすっているのだ。……ホットコーヒーにミルクたっぷり。角砂糖を一個。それがイシトちゃんにとっての黄金率なんだろう。……超ブラック派の僕から見れば、お世辞にもコーヒーとはいえない。いっそかわいそうな飲み物と言ってもいい。ああ、なんてことだろう!
「何をそんなに悲嘆にくれてるのさ」
「……イシトちゃん、さっきから人の心読みまくるのやめてくれますかな」
「読めるわけないだろ……全部声に出してるよ君」
「えっほんと!?」
慌てて僕は両手で口を塞ぐ。……イシトちゃんはというと、やっぱりそ知らぬ顔でそのかわいそうな飲み物を口にしていた。
「まあ冗談はともかく……どうかした?」
「えっなあに?」
きょとんとして聞き返すと、イシトちゃんはカップをことりと机の上に置く。そしていつもの物言いたげな瞳でじっと僕を見つめてきた。
「機嫌が悪いだろう……イング」
「……え?」
僕は思わず目をしばたたかせた。
「機嫌が悪い? 僕が?」
「うん。……少なくとも愉快ではないだろ。違うかい?」
「うーん……」
僕は目一杯首をかしげてみた。右に九十度、左に九十度。ついでにもう一回右に九十度。……機嫌が悪いらしい。誰が、この僕が!
「いやいやイシトちゃん、それはないよう! 僕は皆に愛とマゴコロと情熱を振りまく、シャイでピュアでハートフルな美少年なんだから!」
「それと心の機微は関係があるのかい?」
「大ありさ! 愛くるしくラブリーな皆のマスコットキャラたるもの、いつも笑顔でなんぼだからねえ!」
僕はここぞとばかりに胸を張って見せた。ついでに耳の先から尻尾の先までびしっと気合を入れてみる。こうすれば少しは身長が高く見えるに違いないからだ!
「ふーん……まあ、それなら別にいいんだけど」
相変わらず含みのある物言いをして、イシトちゃんはまたカップを口に運んだ。そのまま中身を飲み干すと、椅子の背もたれ越しにキッチンに向かって声をかける。
「リム。おかわり」
その瞬間、僕は、自分の尻尾がじゅっと焼ける音を聞いた。
思わず僕は身体をよじって、自分の尻尾をたしかめる。ふさふさの自慢の尻尾にはもちろん火などついていなかった。
「おかわりってあのな、俺まだ飲んでないのに!」
「そこは諦めたらいいと思うよ。自分の分を確保しておかなかったのが敗因ってことで」
「何っ!?」
カウンターキッチンの奥から、ちょっぴり高めのリドの声がする。……ちりちり、ちりちり。僕の尻尾はもちろん燃えてなどいないはずだがしかし、まるで火でもついているかのようにむずむずする。そういえば耳の先も何だかちりちりしてきて、僕はたまらずに声を上げた。
「ねえ、イシトちゃん」
「ん?」
ひょっとしたら無意識のうちに小さいイグニでも唱えてしまったのかもしれない。そんなはずはないと思いつつ、僕は尻尾を見てもらおうと背を向けて、そして言った。
「どうしてイシトちゃんは、リドのことリムって言うの」
あれ、と僕は思った。誰より先に、僕が思った。……僕はそんなことが言いたいんじゃない。尻尾の先にイグニが間違ってついてないか見てもらおうと思っただけだ。いやさすがについちゃいないだろうけど。
「どうしてって、言いやすいから」
相変わらずのさらりとした声が肩越しに返ってきた。
「でも、皆リドのことリドって言うよ。それって、リムよりリドの方が言いやすいってことでしょ」
「そうだろうなんだろうけどねえ……でも僕はリムの方が言いやすいね」
人それぞれなんだろうね、との声を、僕はどこか遠くで聞いた気がした。……尻尾の先はだんだんと熱くなってくる。やっぱり火がついているに違いない。ならば消さなければ。
ちりちり、ちりちり。
じりじり、じりじり。
と、不意にぽんと頭の上に手が置かれた。
「何て顔してるんだよ君……」
頭上から降ってきた声は、珍しくはっきりと呆れていた。
「心配しなくても、とらないよ」
すでに立ち上がっているイシトちゃんは、そんな意味不明の言葉を吐いた。そしてとってつけたようににっこり笑うと、そのままするりと部屋を出ていってしまった。
残された僕は、唖然呆然立ち尽くした。
「あれ? イシトは?」
「いなくなっちゃった……」
「はい?」
奥からコーヒーのおかわりを持ってきたリドが、不思議そうな顔をする。あいまいに頷いていた僕は不意にリドを振り返った。
「な、何だよ?」
「……」
そのまま僕は物もいわずにリドを見つめる。じっと見つめる。それこそ穴が開くほどに。
「あ、あの~……イングさん?」
恐る恐るといった風で、それでもリドはじっと僕を見返してくる。そうしてしばし視線で対峙して、僕は呟いた。
「リム。コーヒーちょうだい」
「……はい?」
「コ ー ヒ ー を も て !!!」
「あ……アホかーー!!」
「ええい、いいからおかわりをよこすんだあ!」
「待て、かかとはやめろっ! 部屋が壊れるー!」
「ならば早くよこせ!」
「……あのなーー!」
それでもリドは僕の空っぽのマグカップをひったくると、もう片手に持ったポットでどばどばと豪快にコーヒーを注いでくれた。
「ほらよっ!」
そのままどんと音を立ててマグカップをぞんざいに机に置く。
それだけで、ちりちりがきれいに消えた。
それだけで僕は、みるみるうちに嬉しくなった。
「うむ、苦しゅうない!」
ミルクも砂糖も一切なし。それは当然だ。もちろんそうなのだ。
「え、偉そうに……!」
「偉いもん!」
「どこがじゃっ!」
盛大にツッコミを入れてくる相方をスルーして、僕はとっても優雅にカップを口元に運ぶ。リムとかリドとか、そんなのはもうどうでもよくなっていた。……このコーヒーが僕の好みにぴったりの味だったからだ。だがそんなのは当然だ。そう、それももちろん当然のことなのだ!
まあたいてい、いつものバカ騒ぎというものは、これまたいつもの誰かによって引き起こされるものだ。僕は相方のリドと違ってあんまり成績もよくないし、魔法だってまだイグニぐらいしかまともに使えないけれど、そのくらいは知っている。ついでに言うと、その『いつもの誰か』が他ならぬ自分自身であることもなんとなく知っている。いわゆるトラブルメーカーというやつだ。……まあそれは、できれば気のせいであってほしいんだけれども!
……でもこれは、気のせいじゃない。僕じゃない他の誰かが、リドのコーヒーをかわいそうな飲み物にして悲しい思いをするのも。僕じゃない他の誰かが、リドのことをちょっと特別に呼んで、それで尻尾がちりちりするのも。それは決して気のせいじゃない。気のせいなんかじゃない。
「更に言うなら僕のせいでもなく……というか、どう考えてもリドのせいだね!」
「……何が?」
「それはもう厳密にね! リド以外有り得ないもんね!」
「だから何が!?」
ちょっぴり慌てたような怒ったようなリドの声がする。それを耳に心地よく聞いてついでに聞き流しながら、僕は素晴らしく優雅にコーヒーを飲み干した。……そう、ちりちりはリドのせいだ。でも、そんなちりちりは、全くもっていらないものなのだ。このコーヒーが、他の人に淹れてあげたにも関わらず僕の好みにぴったりのこのコーヒーが、ちりちりなんていらないことを何よりも教えてくれる。やっぱりリドのコーヒーはこうでなくちゃ!
その後再びコーヒーをせびりに来たイシトちゃんと、これまた色々せびりに来た(らしい)リーちゃんが鉢合わせして、僕が手を下さずともリドの部屋はかわいそうなことになった。……でもまあそれはまた別の話だ。
それに、大丈夫だ。全ては大丈夫だ。この、素晴らしく僕の好みにぴったりな、一杯のコーヒーがあれば!