裏切り者臭&フラグテイストが半端ないディープな奴と、そういうの皆無のライトな奴をご用意して、お好きな方を選んでいただいたんですが。
てっきりライトな方が選ばれると思いきや、ディープな方を採用してくださって。
というわけで、ライトな方をこちらにお蔵入りさせます。
イシトは武装神官(まあ要するに剣士)です。
金に汚いのは変わりません(笑)
四人兄弟の末っ子で上三人は三つ子ということを頭において読んでいただけると意味が通じるかと思います。
ちなみにディープな方は「もう一つの未来」というタイトルでイシトの日記にありますので、よろしければそちらもご覧ください。
『異端』がどうこういう辺りまでは同じです。
本編のRPG小説も、イシトの日記から飛べますのでよかったら読んでさしあげてください。超大作なんで。
イシトも沢山出していただいてます。ヤキモチ焼きの女王様っぽくてちょっと可愛いです(笑)
「突然だけど、金なくなった」
道中立ち寄った村に一軒だけあった粗末な食堂。朝食を取るべく、当然一同はそこに会する。
そして席につくなり、シクザールがそう言い放った。
「金なくなったって……えええ!? な、何で!?」
驚きのあまりか、グラッドが椅子を蹴倒さんばかりの勢いで立ち上がる。
当のシクザールはというと、さも悔しそうな顔をして拳を握り締めている。
「それが、聞くも涙語るも涙の物語でなぁ。……フォーカードだったんだぜオレ! しかもAのフォーカード!」
「フォーカードって、博打かー!?」
「すげぇだろ? 普通勝てると思うだろ!? なのにあっちはストレートフラッシュ! おかしいよなぁ絶対!」
力説するシクザールをぼんやりと見つめ、イシトはぽつりと呟いた。
「おかしいのはお前の了見だ……」
「だ、旦那、待ってくだせえ! ここで乱闘したら宿の修繕代でもっと金かかりやす!」
途端にテーブルを踏み越えて斬りつけそうになった自分を、すんでのところでヤトが羽交い絞めにして止めてくれる。……それで少し落ち着いた。
幸運の一葉
「まったく、自分の金どころかパーティーの財産まで全部注ぎ込むなんて、一体どういう神経してんのさ!? ここの支払いどうするんだよ!」
「しょうがねぇだろ!? あそこで勝負止めたら男じゃねえよ!」
「負けた奴は皆そう言うんだよ! ああもう信じられない……!」
あんまりな事態に少なからず眩暈がして、イシトは机に肘を突いた。
叫びすぎて軽く酸欠になった頭で、ざっと計算してみる。
昨今珍しい後払いの宿だ、払いは貯まっている。どう考えても、日雇いの仕事で今日一日地道に働いたところで精算できる額ではなかった。
「ジェイさんもジェイさんだよ。いくらしばらく別行動するからって、こいつに財布預けることないのに……!」
「お、落ち着いてくだせえ。宿の人に聞こえたら事でさあ」
「なんか給料日前の夫婦喧嘩みてーだなー」
ヤトがしーっと人差し指を口元に当てつつ、コップの水を差し出してくる。
グラッドは驚いた割に事態の深刻さをわかっているのかいないのか、見当違いのことをのん気に呟いている。……イシトはあえて聞こえないふりをした。
「と、とにかく宿代はどうにか捻出して、早くここを発たないと。ずっといたら出費がかさむ一方だし」
「アルバイトかー? いいぞー、オレお役立ちだかんな!」
できれば飯つきの仕事がいいぞーと付け加えて、グラッドがにこにことしている。
イシトは頷くと、ヤトに向かって一つ頭を下げた。
「あと、ヤトさん。いざという時はよろしくお願いします」
「はい、任せておくんなせえ……っていや旦那、オレに何させる気ですの!?」
それにもあえて聞こえないふりをして、イシトは食堂を見渡した。
「それで、馬鹿ウサギ。君はどこへ行くつもりだい」
「ぎくっ」
肝心のシクザールはというと、いつの間にやらこっそりと席を立ち、今まさに食堂から消えようとしているところだった。
「い、いや~……ちょいと花摘みに」
「逃げるなーー! 自分が元凶のくせに! 真っ先に働け!」
「勘弁してくれよ! 昨日の酒がまだ残っててアタマ痛ぇんだって!」
「二日酔いかよ!?」
もう我慢がならないとばかりに、イシトはヤトがくれたコップをシクザールめがけて投げつけた。それはきれいに弧を描いてシクザールの頭にクリーンヒットした。……なんて駄目な大人なんだ、このろくでなし!
*****
シクザールは冒険者だが、その能力は平凡だとイシトは思っていた。ヤトのように特別器用でもなければ、グラッドのように戦闘に長けているわけでもない。
そんな彼の特技で今回すぐに役立つものがあるとすれば、薬草の目利きぐらいだろう。自分も多少の知識はあるが、こればかりは彼に遠く及ばない。
それを踏まえたうえで二人で向かった先は、村から少し離れた丘の裾に広がる草原だった。村の人間によれば、薬草の宝庫ということだ。貴重な薬草も少しはあるだろう。……一攫千金を狙うにはもうこれしかない。でなければ本当にヤトの『職業』に頼ることになる。
「うぁー。めんどくせー。つかれたー」
「しっかりしろ馬鹿ウサギ。まだ三十分も経ってないよ」
座り込んで薬草を物色するシクザールが早くも音を上げる。それを軽く叱咤して、イシトは辺りを見渡した。
「……それにしても、絶景だねえ」
空は青く穏やかに晴れ渡り、遠方の山々の頂はくっきりと白い。
青々とした絨毯にはシロツメクサが美しく咲き乱れ、その花を掠めて清冽な風がざあっと音を立てて吹き抜けていく。
「ってか、少年は何してんの? 働けって」
シクザールがぶつぶつと文句をこぼし、心地よい葉擦れの音色をぶち壊す。
イシトは苦笑した。
「僕は君の見張り兼護衛。一人じゃ君逃げ出すだろうし。それにここ、魔獣が出て結構危ないらしいんだ」
「今更逃げねぇよ。だいたい護衛ならグラッドでもいいじゃねぇか」
「何言ってるんだよ。彼と組んだら遊んじゃって、まともに仕事なんて……」
イシトの台詞は最後まで続かなかった。ぼやいていたシクザールの長い耳がぴくりと跳ねる。
「イシト、後ろ!」
すぐ後ろの茂みが不自然に大きく揺れる。シクザールがひきつった叫び声をあげる。
一拍おいて、茂みから大きな猪のような獣が勢いよく飛び出す。
その時にはイシトはもう剣を抜ききっていた。
剣先を下げて走り出す。
突進してきた猪の牙をぎりぎりでかわし、すれちがいながら切っ先を首のあたりに突き立てる。そして抜きざまに構え直し、一気に真っ向から斬り下げた。
どう、と音を立てて猪が倒れる。
「す、すげぇ……!」
あっという間の出来事に、シクザールが唸る。
イシトは軽く息を吐いて血糊を払った。
「これでわかっただろう。魔獣は僕が引き受けるから、君は君の仕事をしてください。ちなみに、次逃げ出そうとしたら精肉店に売り飛ばすからね」
「誰を!?」
目をむくシクザール。「オレおいしくないよ!?」とか「こんな善良なウサギを!」とかなんとか騒いでいる。……イシトはもちろん全て聞こえないふりをした。
*****
それからどれほどの時間が経っただろうか。
村を出たのは昼前だったはずが、今やすでに影が西へと伸び始めていた。
「さすがに疲れたな……」
軽く溜め息をつき、イシトは袖で額の汗を拭う。
魔獣は決して強くはない。おまけにシクザールの耳がことのほか良いせいで、先手を取るのは常にイシトの方だった。なかなかどうして、役に立つ能力だ。……おかげで魔獣退治は思っていたよりも随分と楽に済んでいる。
しかしそれでも、限界は来る。
「少し休憩するかい? 効率も落ちてきただろう」
遠くに座り込むシクザールに声をかける。しかし返事はなかった。
少々心配になってイシトは足を向ける。
シクザールは、心なしか顔色が悪かった。
「あれ……どうかした? 頭痛い?」
「どうもこうも……!」
やはりげっそりとしたシクザールは、絞り出すような声で吐き捨てる。
「こんなトコでずっと薬草取りって、どんな拷問だよ……っ!」
「え?」
いぶかしんだイシトは、改めて辺りを見渡した。
空は朝と同じように青く穏やかに晴れ渡り、遠方の山々の頂もくっきりと白い。
青々とした絨毯にはシロツメクサが美しく咲き乱れている。……そしてその上に転がる無数の魔獣の死骸と、じわじわと土に染み込んでいく血溜まり。その骸を掠めて血なまぐさい風がざあっと音を立てて吹き抜けていく。
「……何も変わらないと思うけど」
「待て待て待て! それ本気で言ってんのかいアンタ!?」
「少なくとも生えている薬草に何も変化はないよね。もう取り尽くしたのかい?」
「先客がいたみたいで、貴重なヤツなんかねえよ! だいたい、あんな魔獣の下敷きになって血と泥で潰れた薬草が売れるかー!」
一際大きな声で叫び、自棄になったシクザールがその身を草の上に投げ出す。
イシトは仕方なく自分もその隣に腰を降ろした。
用心のため、剣は鞘ごと腰から引き抜いて手元に置く。
「そうか。僕もそこまでは気が回らなかったよ。……困ったね」
空いた手で、傍らに転がった薬草籠を手繰り寄せる。
手に触れる草はどれもこれも、自分でも見たことのあるものばかりだった。これでは二束三文にしかならないだろう。
「あーもー、疲れた! 腹減ったー! 」
「子供かお前は……」
大の字になってじたばたと暴れるシクザール。すると、ふとその瞳が釘付けになった。
「な、何?」
物も言わずにシクザールは転がったままイシトの方に腕を伸ばす。
思わずイシトは逃げ腰になった。
シクザールはというと、イシトが座っていたすぐ手前の草を摘み取る。
「見なよ、イシト。ほら。四葉!」
「え?」
跳ね起きたシクザールの手に握られていたのは、薬草ではなくシロツメクサだった。……深緑の丸い葉が、一枚、二枚、三枚。そして四枚。
イシトは思わず呟いた。
「……シャムロック」
シクザールはというと、今までぼやいていたのも忘れてすっかり喜んでいる。
「おおー、ラッキー! オレ本物初めて見た!」
「そうなんだ」
「少年は知ってるかね! 四葉のシロツメクサを見つけると幸せになれるんだぜ!」
「知ってるよ」
はしゃぐシクザールを冷めた目で見やり、イシトはただ頷く。
「葉の一枚一枚に意味がある。信仰・希望・愛。そして幸運」
「へぇ、そうなんだ? 博識だねぇ」
「どうも」
気のない返事をして、イシトはぼんやりとシクザールの手元を見つめる。
知らず知らずのうちに、言葉は口をついて出た。
「僕は『異端』だと思うんだけどね」
イシトはそのまま目を伏せた。
シクザールがきょとんとして首をかしげているのがわかる。
イシトは自分の失言を悔いた。それなのに、不思議なことにそこで口をつぐむ気にはなれなかった。
「シャムロックは三位一体。一枚目の葉が信仰。二枚目が希望。三枚目は愛。それが完成した姿なのさ。……それなのに、四枚目があるというんだ。『幸運』の名を冠してね」
四葉だけではない。実際のシロツメクサにはごく稀にだが五葉以上のものも存在する。名前がついたのは四枚目までだが。
「三枚で折角完成してたのに、四枚目がくっついた。何で『幸運』なんて名前がついたのか知らないけど、どう考えても不要だろう? だから『異端』だよ」
……抑えられない。
不意にイシトはそう思った。
眠らせていた黒い感情のさざ波がうねる。どうにか静めようと、とにかくぽつぽつと言葉を紡いだ。
ややあって、シクザールの声がした。
「イシトは、面白い解釈をするね」
「それはどうも」
取り繕うように笑みを浮かべて顔を上げる。
「そうだねぇ……」
シクザールは少し遠くを見るような目つきをしていた。
「アンタが本当は何を言いたがってるのか、オレにはわからないがね。少なくとも四枚目がいらないとは思わんね」
イシトは思わず目を見開いた。
「何でさ? ただの偶然で生まれた、いわばおまけなのに」
「そこだよ少年」
シクザールは足を投げ出したまま片膝を立てると、はるか遠くの空を見つめた。
つられてイシトも空を見上げる。
ただひたすらに青い空。深い深い、きっと遥か先は海よりも深く青いであろう紺碧の空。
その青をなんとはなしに眺めていれば、言葉は静かに耳に馴染んだ。
「おまけだろうがなんだろうが、それはたしかにそこにあるんだ。しかも『幸運』だよ? そんないい名前もらってさ。祝福されて生まれてきたに決まってるじゃねぇか。だいたい、もし不要な物ならそもそも名前なんてつかないんじゃねぇのかい」
イシトはうつむいた。
ずっと握っていた剣を手放し、その手のひらを固く握り込める。そうしなければ手の震えを収められそうになかった。
「君は……面白い解釈を、するね」
深くうつむいたまま辛うじてそう呟く。先ほどの相手の台詞そのままだ。ただ声が震えないようにだけ全精力を傾けた。
「そいつはどうも」
シクザールはというと、同じく真似をして返してくる。イシトが顔を上げると、にやりと含みのある笑みを浮かべていた。
イシトもつられて同じように口元を歪める。それで少し落ち着いた。
「その葉を大事にするといいよ、シュニ。……できればずっとね」
イシトは破顔した。
信仰と希望と愛。そして幸運。
お互い長い人生の上で、ほんの少し道を交えただけの相手だ。……だが、それでも。
それでも願わくば、この愛すべき友人が、たくさんの幸運に恵まれますように。
「さて、そろそろ帰ろうか。もうここにいても意味はなさそうだ」
「え、でも……金どうすんだよ?」
「今日は僕が立て替えておくよ。ヤトさんとグラッドの稼ぎを合わせれば、次の町ぐらいまでは持つだろう」
まあこのくらいの幸運は早速降ってこないとね、とイシトは付け加えて笑った。
「うっそ!? マジで!?」
「言っておくけど立て替えるだけだからね。ツケだからね。そのうちちゃんと返すんだよ」
「オーケーオーケー! ……あ、何なら今夜にでも倍にして返してやるけど?」
「それ本気で言ってるなら、明日の朝日は拝めないと思えよお前」
そんな他愛ないおしゃべりをしながら、二人は帰路に着いた。……薬草は案の定ほとんど売れなかったが、それはさほど気にならなかった。
……言えないこと。抱えたこと。そんなものも皆みんな、いつか思い出という名の杖に変わる時が来る。そう思えた、穏やかな日の午後のことだった。
*****
その後集合した四人は、滞りなく宿の支払いを済ませ、村を後にした。……道中何度かいなくなりかけたシクザールを、その度イシトが鬼の形相で連れ戻したのは言うまでもない。
(おしまい)