2008/05/05 10:55:06
勢いに任せて、以前書いたもののリメイク。
無駄に長い割に、内容はワンシーンだけなので、前後は想像してくださいませ。
そんでもって、お二方ごめんなさい。
他に配役が思いつかなかったんです…!(脱兎)
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と、不意に叩きつけるような水が弱まった。あれ、と不思議に思う前に、きゅっと蛇口の閉まる音がして、水が完全に止まる。そしてあれよあれよという間にばさりと音がして、視界を真っ白なものが覆った。……それが頭にかけられたタオルだということに気づくのに、そう時間はかからなかった。
条件反射というものは不思議なもので、水が止まってしまえば今度は濡れるのが惜しい。無意識の内に顔と頭を拭いながら上半身を起こし、僕は大げさに後ずさりした。
「う、わっ……!?」
「……なんだその反応」
冷ややかなその声は、今となっては途方もなく懐かしいものに思えた。
「ミ、ミカ……何で……?」
「俺はずっといたぞ。お前が気がつかなかっただけだよ」
「そ、そうなんだ……」
何だかこんなことが前にもあったな、と僕は薄ぼんやりと思う。
「……って、ずっとって……え? いつから?」
「ずっとだ。お前が飛び出したから、後を追ったんだよ。……いや、試合も見ていたから、その前からだな」
「そう……」
それを聞いて、僕はなんとなく目を伏せた。……あわせる顔がない。いや、後ろめたくてたまらない。
「がっかり、したかい」
「……いや、別に」
「嘘だね」
「嘘じゃない。……泣いてるのか」
「泣くもんか。涙なんか出るわけないさ」
「…… イシト。何がそんなに不満なんだ」
「だって、足りないんだよ!」
次の瞬間僕は、タオルの下で金切り声を上げた。
「以前君は、本気でやれって僕に言ったね。その結果がこれなんだよ。わかる? 普段僕が本気にならないのはね、火がついたら自分が抑えられないからだよ」
「……だから、普段は何事にも無関心なふりをしているのか」
「だって足りないんだよ、どうしようもなくね! わかるかい!? 悔しいとか悲しいとか、そういう次元の話じゃないんだよ! 足りないんだ、こんなんじゃ!」
もう自分が何を言っているのかもわからず、僕はただ足りない足りないとわめきたてる。熱がひいてくれない。くすぶった炎がまた黒煙を上げて燃え盛る。
「あの子は笑ってくれたのに、僕はそれを、自分の闇で汚した……!」
呪いを吐くように僕は叫ぶ。……それでもまだ足りない。何が足りないのかもわからないから、更に足りない。これだけ叫んでも、これだけ傷つけても、まだ足りない。仮に望んだ結果を得ていたとしても、きっとそれでも満足できずにこうして叫んでいる。獣のような醜い姿をさらしたことをこんなに悔やんでいるのに、それでも足りずにもっとずたずたに傷つけてしまいたいとどこかで思っている。
「……意味が、よくわからないな」
「わからなくていいよ。ミカはわからなくていい。わかっちゃだめだ」
ぽつりと聞こえたか細い呟きに、僕はかろうじて笑う。本当に、誰にもわかってほしくない。僕の醜い思いなんて、わかってはいけない。
「わからないけど……だけど、お前の本性がはっきり見えた。……それは、嬉しいことだと思うな」
「……ありがとう、そう言ってもらえると僕も嬉しいよ。ただ、足りないんだ。どうしようもなくね」
相変わらず足りないと口にして、僕は口元でタオルを握り締める。……本当に、足りないとしか言いようがない。どうあがいても、熱が抑えられない。
「……いい加減にしなよ」
そしてまた足りないと叫びかけたその時、明後日の方から声がして、僕は思わず立ち尽くした。
「あ……」
近寄ってきたシオン を認めて、ミカが小さく呻く。
「 足りない足りないって、当たり前だろう。今まで求める努力も何もしなかったくせにさ」
シオンは相変わらずいつもの笑顔を浮かべていた。ただし何故かその手には木刀を二本携えていて、僕はその切っ先から目が離せなくなった。
「しょうがないから手伝ってあげるよ。君、一人じゃ何一つ出来ないようだから」
相変わらず笑顔のまま睨みつけてきたシオン は、二本の木刀を両手に分ける。そして、そのうちの一本を僕の足元に放り投げてきた。
「そいつを拾いなよ、 イシトくん。そして、今この場で、本気で僕と戦え」
「あ……」
唖然とする僕とは対照的に、 シオン はその目をまっすぐに僕に向けてきた。
剣呑な光を宿したその瞳が、何よりも固く告げている。冗談などではない、と。
「寮に帰ればソードがあるんだけどね。君の方がそれまでとても待てそうにないだろ。こんななまくら刀じゃ不満だろうけど、そこは我慢してもらうよ」
僕はぼんやりとして、転がった木刀と シオンをかわるがわる見比べた。そして、ふらりと一歩踏み出した。
「気が……利くじゃないか……」
その途端、ミカがものも言わずに振り向いた。
構わずに僕は木刀を拾い上げる。軽く手の中でもてあそべば、今まであれほどくすぶってもどかしくてたまらなかった熱が、まるで昇華するかのように一つにまとまって力になるのがわかった。
……これだ。
「おい、待てイシト !」
「待たない」
珍しく焦るようなミカの声がする。それを一言で切って捨てて、僕は、一歩、また一歩とシオン に近寄っていく。その度に、階段を上がるかのように気分が落ち着いていく。対照的に、湧き上がる力はまるで剣先に宿るかのようだった。
「いいから待て! シオンさん、あんたもこいつを挑発するなよ!」
「ミカ、君は少し黙ってなよ」
なんとか止めようとするミカを軽く突き飛ばすように下がらせる。……呆然としたミカ。それを見ていたシオン が、口元に歪んだ笑みを浮かべる。心底嬉しそうだ。そしてそれは僕も同じだった。
「来なよ、イシトくん。 その腐った根性を叩きのめしてあげるから」
「お前こそ、そのうるさい喉を突き破ってやるよ!」
それが合図だった。礼も構えも何もない。反則すらない。それが、僕の戦いだった。……それだけが自分を満たす唯一の方法なのだと、僕は痛いほど知っていた。
だから僕たちは、飽きることなくどつきあいを繰り返した。すでにそれは戦いですらなかった。どうにかして止めようとするミカと、駆けつけてきたイングとリム、それにただ成り行きを見守るシンを尻目に、僕はただ目の前の相手を叩きのめすことしか考えていなかった。
ただ、シオン の突きを左腕で巻き込んでかわし、その腹を蹴りつけた瞬間、巻き込まれたミカは可哀相だったな、と、ほんの少しだけ思えた。……あとはもちろん、覚えていない。
*
この直後、あっさり先輩に叩きのめされたことと思われます。勝てるわけがない(笑)
そしてミカ兄様申し訳ありませんでした。完全に巻き込まれ損…!(脱兎)
条件反射というものは不思議なもので、水が止まってしまえば今度は濡れるのが惜しい。無意識の内に顔と頭を拭いながら上半身を起こし、僕は大げさに後ずさりした。
「う、わっ……!?」
「……なんだその反応」
冷ややかなその声は、今となっては途方もなく懐かしいものに思えた。
「ミ、ミカ……何で……?」
「俺はずっといたぞ。お前が気がつかなかっただけだよ」
「そ、そうなんだ……」
何だかこんなことが前にもあったな、と僕は薄ぼんやりと思う。
「……って、ずっとって……え? いつから?」
「ずっとだ。お前が飛び出したから、後を追ったんだよ。……いや、試合も見ていたから、その前からだな」
「そう……」
それを聞いて、僕はなんとなく目を伏せた。……あわせる顔がない。いや、後ろめたくてたまらない。
「がっかり、したかい」
「……いや、別に」
「嘘だね」
「嘘じゃない。……泣いてるのか」
「泣くもんか。涙なんか出るわけないさ」
「…… イシト。何がそんなに不満なんだ」
「だって、足りないんだよ!」
次の瞬間僕は、タオルの下で金切り声を上げた。
「以前君は、本気でやれって僕に言ったね。その結果がこれなんだよ。わかる? 普段僕が本気にならないのはね、火がついたら自分が抑えられないからだよ」
「……だから、普段は何事にも無関心なふりをしているのか」
「だって足りないんだよ、どうしようもなくね! わかるかい!? 悔しいとか悲しいとか、そういう次元の話じゃないんだよ! 足りないんだ、こんなんじゃ!」
もう自分が何を言っているのかもわからず、僕はただ足りない足りないとわめきたてる。熱がひいてくれない。くすぶった炎がまた黒煙を上げて燃え盛る。
「あの子は笑ってくれたのに、僕はそれを、自分の闇で汚した……!」
呪いを吐くように僕は叫ぶ。……それでもまだ足りない。何が足りないのかもわからないから、更に足りない。これだけ叫んでも、これだけ傷つけても、まだ足りない。仮に望んだ結果を得ていたとしても、きっとそれでも満足できずにこうして叫んでいる。獣のような醜い姿をさらしたことをこんなに悔やんでいるのに、それでも足りずにもっとずたずたに傷つけてしまいたいとどこかで思っている。
「……意味が、よくわからないな」
「わからなくていいよ。ミカはわからなくていい。わかっちゃだめだ」
ぽつりと聞こえたか細い呟きに、僕はかろうじて笑う。本当に、誰にもわかってほしくない。僕の醜い思いなんて、わかってはいけない。
「わからないけど……だけど、お前の本性がはっきり見えた。……それは、嬉しいことだと思うな」
「……ありがとう、そう言ってもらえると僕も嬉しいよ。ただ、足りないんだ。どうしようもなくね」
相変わらず足りないと口にして、僕は口元でタオルを握り締める。……本当に、足りないとしか言いようがない。どうあがいても、熱が抑えられない。
「……いい加減にしなよ」
そしてまた足りないと叫びかけたその時、明後日の方から声がして、僕は思わず立ち尽くした。
「あ……」
近寄ってきたシオン を認めて、ミカが小さく呻く。
「 足りない足りないって、当たり前だろう。今まで求める努力も何もしなかったくせにさ」
シオンは相変わらずいつもの笑顔を浮かべていた。ただし何故かその手には木刀を二本携えていて、僕はその切っ先から目が離せなくなった。
「しょうがないから手伝ってあげるよ。君、一人じゃ何一つ出来ないようだから」
相変わらず笑顔のまま睨みつけてきたシオン は、二本の木刀を両手に分ける。そして、そのうちの一本を僕の足元に放り投げてきた。
「そいつを拾いなよ、 イシトくん。そして、今この場で、本気で僕と戦え」
「あ……」
唖然とする僕とは対照的に、 シオン はその目をまっすぐに僕に向けてきた。
剣呑な光を宿したその瞳が、何よりも固く告げている。冗談などではない、と。
「寮に帰ればソードがあるんだけどね。君の方がそれまでとても待てそうにないだろ。こんななまくら刀じゃ不満だろうけど、そこは我慢してもらうよ」
僕はぼんやりとして、転がった木刀と シオンをかわるがわる見比べた。そして、ふらりと一歩踏み出した。
「気が……利くじゃないか……」
その途端、ミカがものも言わずに振り向いた。
構わずに僕は木刀を拾い上げる。軽く手の中でもてあそべば、今まであれほどくすぶってもどかしくてたまらなかった熱が、まるで昇華するかのように一つにまとまって力になるのがわかった。
……これだ。
「おい、待てイシト !」
「待たない」
珍しく焦るようなミカの声がする。それを一言で切って捨てて、僕は、一歩、また一歩とシオン に近寄っていく。その度に、階段を上がるかのように気分が落ち着いていく。対照的に、湧き上がる力はまるで剣先に宿るかのようだった。
「いいから待て! シオンさん、あんたもこいつを挑発するなよ!」
「ミカ、君は少し黙ってなよ」
なんとか止めようとするミカを軽く突き飛ばすように下がらせる。……呆然としたミカ。それを見ていたシオン が、口元に歪んだ笑みを浮かべる。心底嬉しそうだ。そしてそれは僕も同じだった。
「来なよ、イシトくん。 その腐った根性を叩きのめしてあげるから」
「お前こそ、そのうるさい喉を突き破ってやるよ!」
それが合図だった。礼も構えも何もない。反則すらない。それが、僕の戦いだった。……それだけが自分を満たす唯一の方法なのだと、僕は痛いほど知っていた。
だから僕たちは、飽きることなくどつきあいを繰り返した。すでにそれは戦いですらなかった。どうにかして止めようとするミカと、駆けつけてきたイングとリム、それにただ成り行きを見守るシンを尻目に、僕はただ目の前の相手を叩きのめすことしか考えていなかった。
ただ、シオン の突きを左腕で巻き込んでかわし、その腹を蹴りつけた瞬間、巻き込まれたミカは可哀相だったな、と、ほんの少しだけ思えた。……あとはもちろん、覚えていない。
*
この直後、あっさり先輩に叩きのめされたことと思われます。勝てるわけがない(笑)
そしてミカ兄様申し訳ありませんでした。完全に巻き込まれ損…!(脱兎)