インターネットがいかれました。
日に日に症状が二転三転して、今は私のPCのみ使えません(怒)
内蔵無線LANがいかれたか、何か設定が悪いのか……
それでも居間でSSを書くオタク(笑)
従兄弟の子は近々お披露目予定です。
損な役回りだなあ、と俺はつくづく思った。まったくもって、それは損以外の何物でもなかった。ついうっかり奴らと同じ高校に入ってしまったのが運の尽きだ。おかげで俺の母親ときたら、自分の妹――つまり奴らの母親宛てのプレゼントとやらを俺に託したのだ。彼女が仕事で普段家にいないのを知っておきながら。
直接送ればいいだろうと俺は盛んに抗議したが、それはあっさり却下された。郵送代がもったいないとのことらしい。
おかげで俺は、会いたくも無い三人の従兄弟たちに自分から会いに行き、案の定サラウンドで嫌味を言われる羽目になった。しかも奴らときたら、荷物を受け取らないのだ。まったく、最悪もいいところだ。
こうなったら帰りに直接奴らの家に行ってやろうか、と無謀なことを考え始めたその時、俺はふと名案を思いついて踵を返した。……俺と同い年の、性格最悪の三人の従兄弟たち。その三兄弟にはたしか、おまけがいた。
教室、廊下、購買、中庭。俺は昼休み中駆けずり回ったがしかし、目的の奴には全然会えなかった。同じクラスの奴に聞いてもみたが、誰一人行方を知りやしない。一体どういう学校生活を送ってるんだと俺がいぶかしみ始めたその時、その声は突然天から降ってきた。
「……何してるんだい、君」
「へ?」
間抜けな顔で俺は天を振り仰ぐ。
「あーっ! いたー!」
「は? 僕?」
屋上へと続く階段の踊り場で、そいつは首をかしげた。……そいつが目的の、三兄弟のさらにおまけ。末っ子のイシトだった。
「は、じゃねえよ! 俺がどんだけ探し回ったと思ってんだ!」
「さあ。三回ぐらい通過したのは見てたけどね」
「見てたぁ!? なんて薄情な奴なんだ、お前!」
「だってまさか僕を探してるなんて思わなかったんだよ」
まったく悪びれずにそう言うと、イシトは食べかけのパンをビニール袋につっこんだ。……三人ほどではないが、大概こいつも苦手な部類だ。何を考えているかちっともわからない。
「お前ひょっとして、いつもこんなところで一人で飯食ってんの?」
「そうだよ。教室はうるさくてね」
全く表情を変えずに、イシトはさらりとまた流す。その目が、目的は一体何なんだとありありと語っていた。やや迷惑そうに見えたのはきっと俺の勘違いではないだろう。
だから俺は、さっさと本題に入るべく手に持っていた袋を突き出した。
「これ、俺の親から。お前ん家に」
「僕の…? 父に渡せばいいのかい?」
「いや、ソフィア叔母さんに」
それを聞くなり、イシトは目をすっと細めた。
「……ソフィーに?」
「そーだよ。クリスマスプレゼントだとさ」
「それなら直接イギリスに送りなよ」
家にはいないんだからさ、とイシトの心の声が聞こえたような気がして、俺は焦った。
「送るのが面倒なんだとさ。それにクリスマスなんだから、もうじき帰ってくんだろ?」
「帰ってこないよ」
その声はやけにきっぱりと聞こえてきて、俺は思わずイシトを振り仰ぐ。……その瞬間、言わなければよかったと後悔した。
「彼女は帰ってこないよ。クリスマスだろうが正月だろうが誕生日だろうが」
ちり、と前髪を焦がされたような感覚が俺の全身を走る。イシトはというと、珍しくはっきりと眉間に皺を寄せていた。
「え、えっと、その……」
それも一瞬のことだった。思わず立ち尽くした俺を見てイシトはふっと我に返ったらしく、曖昧な笑みを浮かべた。
「帰って、こないと思うよ」
「えっと…でも…」
「まあそれじゃ君も伯母さんも困るだろうから、父に預けるよ。それでいいかい?」
「ああ、うん。サンキュー」
その言葉に呪縛が解かれ、俺はようやく階段を上ってイシトに近づく。イシトはというと相変わらず笑みを貼りつかせながら、手を伸ばして袋を受け取った。
「あーよかった。お前まで受け取ってくれなかったらどうしようかと思ったぜ」
「僕まで?」
小さく首をかしげたイシトは、すぐに苦笑いを浮かべた。
「馬鹿だなあ。あっちに先に行くなんて。正気の沙汰じゃないよ」
「うん。今度からはまっすぐお前の方に来るよ」
「それはやめて。面倒くさい」
「あのな……」
同じく俺は苦笑いを浮かべて、それじゃよろしくと踵を返す。そして階段を下りて、ふと足を止めた。
「えっと……」
振り返ってみればイシトは案の定じっと俺を見下ろしていて、俺は思わず言いよどんでしまう。
「えっと、その……なんだ」
「まだ何かあるのかい?」
「その……」
すっかり気圧された俺は、更に言いよどむ。……がしかし、意を決して口を開いた。何だか、聞いておかなければならないような気がして。
「その……お前、寂しくねえの?」
また、すっとイシトの目が細くなる。が、俺は負けずに見返した。……ほとんどにらみ合いだ。
「……それはないね」
やがてイシトはふっと笑って答えた。
「本当かよ?」
「うん、本当だよ。父もいるし。それに……」
にっこりととってつけたような笑みを浮かべて、イシトはごくさらりと言った。
「僕、期待してないから」
「高望みすると、それが叶わなかった時大変だからね。あんまりしない方がいいんだよ」
絶句した俺を尻目に、イシトは、君も覚えておくといいよとだけ言った。そして階段の上からひらひらと手を振った。……それっきりだった。
それっきり、俺が学校でイシトを見かけたことはなかった。聞けばそれから一月ほどして、あいつは魔法学校の招待を受けてそっちに行ってしまったらしい。何の頼りもないというが、俺は心配していない。心配するほど仲がよかったわけでもないし、そんなタマでもないと思っている。……高望みはしないと平然と言ってのけたイシト。子供が親に会いたがるのは、高望みではないはずなのだが。
だからなんとなく、本当になんとなく、俺は思う。あの何を考えているかわからない鉄面皮が、母親のことを彼女と言うイシトが、少しぐらい高望みできればいい。そう思えるような世界が、あいつの先に広がっていればいいと。
ざかざか書いたので台詞が多いですが、気にしないでください。
うがあ!(何か乗り移り中)
ぎりぎりでカフェ行けましたー。
ほんとに滑り込みアウト気味でした。ご、ごめんなさい……!
イシト・シャムロックは困っていた。いや、そこまで大袈裟なものではないが、とにかく目の前の非日常的光景には半分呆れていた。……いや、本当にそこまで大袈裟なものではないが。
「あのね……イング、さっきから人の部屋に居座って何してるの?」
「ええい止めるなイシトちゃん! 男にはいつかやらねばならぬ時があるのだ!」
「それはわかったから。で、何してるの?」
「ああんもう、ちっともわかってないじゃない!」
「わかりたくもないねえ……」
ため息混じりに、イシトはそう呟いた。
「いいかねイシトちゃん、敵は意外に手ごわいんだよ! 背中を見せたらやられるぜ!」
イングはというと、相変わらずわけがわからないことをのたまいながら、ドアにへばりついて外をうかがっている。……外。ケセド寮の廊下。そしてその向こうの部屋の主は、言わずと知れている。
「はあ……要するに、リムに用事があるんだろ。だったらさっさと行けばいいじゃないか」
「それができたら苦労はしないよう!」
「……イング、今度は何したの?」
「今度はって何!? ひどいや、僕のシャイでピュアでハートフルなオトメゴコロは盛大にブロークンだよう!」
「あーもーうるさいなあ……」
けたたましく泣き真似を始めた友人に辟易して、イシトは思わず耳を塞いだ。……さっさと引き取れ飼い主。
「何やら悲壮な覚悟を決めてるところ悪いけど、リムならさっき出かけたよ」
「なっ……! それを早く言ってよう!」
「あははは、ごめんごめん」
乾いた笑い声を立てると、イシトはイングの小さい肩に手を乗せた。
「で、何盗るの?」
「失礼な、僕盗みなんてしないよう!」
「ハロウィンの時は、リムのコーヒー豆ちょろまかしてたくせに?」
「ぐっ……で、でも今日は本当に盗みなんかしないもんね! むしろ返しに行くんだもんね!」
その言葉に、イシトは軽く目を見張った。
「へえ……返すの? 何を?」
「はうっ!」
「あ、墓穴掘った……」
だらだらと冷や汗を流して、イングは耳の先から尻尾の先まで硬直している。
「あはは、わかりやすいねえ」
そう笑うと、イシトはかがみこんでイングの目を覗き込んだ。
「コーヒー豆、こっそり返しに行くんだろう?」
「えっ何でわかるの!?」
「……君って結構迂闊だよね……」
イングは本当に驚いたらしく、大きな目をぱちくりとさせている。
「簡単な推理だよ。だってそのコーヒー豆って、イングが好きなやつなんだろ? しかもちょっと高級な」
「うん。ブルマンっていうの」
「その豆をリムが買い置きしてたなら、それはイングに飲ませるためかもなって僕でなくても思うよねえ。君だって期待してたんじゃないの?」
「う、うん……」
「そんな大事なコーヒーで作ったコーヒーゼリー、僕なら誰にもあげないよ。いやむしろ、ゼリーになんかしないでおいしくいただくな。違うかい?」
イングはというと、素直にうなだれた。
「まったくもっておっしゃるとおりです……」
「あはは、イングは可愛いね」
くしゃくしゃと頭を撫で、イシトはぽんととどめに軽く叩いてやった。
「大丈夫、誰にも言わないから。あのコーヒーゼリーは偽物だったなんて」
「はう!」
「よかったねえ、誰の口にも入らないで。あ、今君が空き巣に入ろうとしてることも誰にも言わないから安心しなよ」
「ほ、ほんと……?」
「ほんとほんと。格安にしておいてあげるから」
「ぎにゃあ! やっぱり商談来たーー!」
途端に飛びのいたイングに、イシトはなおもくすくすと笑う。
「そりゃ、タダってわけにはいかないよ。逆に信用ならないでしょ?」
「たまにはタダで信用させてよう……」
うなだれたイングだったがしかし、次の瞬間ぱっと顔を輝かせた。
「あっじゃあ取引といこうよ!」
「え、何?」
「にゅっふっふ」
意地悪い笑みを浮かべるやいなや、イングは指先をびしっとイシトの鼻先につきつけてきた。
「イシトちゃん! 君は先日、お部屋でシュークリームを作っていたね!?」
「うっ……!?」
「誕生日にクロカンブッシュをもらって以来、思い出して恥ずかしくなるからってシュークリームは敬遠してたのに!」
「よ、よく覚えてるね……」
「さらにさらに、シュークリームといえばシオン先輩の好物だったよねえ!?」
思わず黙りこんだイシトを前に、イングは矢継ぎ早にまくしたてる。
「ふふーん。さあ、何か申し開きがあるかね?」
「はあ……わかった、降参。取引成立だね」
「わあい、やったあ!」
ぱっと顔を輝かせてイングはるんたったと小躍りを始める。それがなんだか無性に悔しくて、イシトはぼそりと吐き捨てた。
「いいのかい、そんなことしてて」
そう呟くやいなや、誰かの駆け込む足音とともにドアが盛大に音を立てて開いた。
「イングーーー!!!」
「ぎにゃあっ!?」
「やあリム、いらっしゃい」
飛び込んできたリドはというと、イシトには目もくれずに目の前のイングをむしりとるようにして奪い取った。
「イング無事かーー!」
「ななな、何事!?」
「あはは、意外に早かったねえ」
すっかり混乱した風で、イングが首をかしげる。
「……イシトちゃん、何したの?」
「ちょっとメッセージ送っただけだよ」
「メッセージ……ひどいやあ! 言わないって言ったじゃない!」
「いや、言ってないよ」
「へ?」
イシトは笑いながらメモをひらりと広げてみせた。
「『イングは預かった、返してほしくば身代金10000rk用意しろ』って書いただけ」
「はあ? リドそんなんでつられたのー!?」
「だって、イシトだぞ!? 『あの』イシトだぞ!?」
「リムそれどういう意味さ……」
それには答えず、リドはきっとイシトを睨みつけて言った。
「とにかくイングは引き取っていくからな!」
「ああうん、どうぞ。お好きなように」
「それとイングは、何を隠しているのかきっちり話してもらうからなっ!」
「ぎにゃあ!?」
「頑張ってねー」
棒読みでひらひらと手を振ってイシトは二人を見送る。けたたましい音を立ててばたんと扉は閉められた。
「やれやれ……にぎやかなことで」
苦笑してイシトは読みかけの本を手に取る。……料理、それもお菓子の本だ。まさかこんなものを読みふける日がこようとは、夢にも思わなかった。
「まあ……取引は成立したことだしね」
ぱたんと本を閉じ、イシトはオーブンを暖めるべくキッチンへ向かった。……焼けたら、一つくらいはイングにあげることにした。その程度の口止め料の上乗せは構わないだろう。
ようやく、ようやく狼君が書けましたよ…!(ふるふる)
でも難しいんじゃい(きっぱり)
ええい、黒猫嬢ならまだ許したものを!(何)
でもこれで、いつ卒業してもいいや…!(え)
まあ冗談はおいといて。
これを書くに当たって、初期の日記を読み返してました。
イング、生意気だなあ(笑)
でもなーんかどこかで見たことある奴だなーと思ってたんですが、最近ようやく謎が解けました。
…イシトだ。
はーい、前置きはおいといて!(ごまかした)
入学一周年おめでとうございます、イングと狼君、あーんど同級生の皆様。
細部にツッコミがあればどうぞご遠慮なく!
ついでに言えば。
日記とコメントの内容&自分の記憶からして、狼君の入学日は十三日か十四日のどっちかとみましたぞ!(すでにストーカー)
その一言が、自分の運命を変えた。……ような気がする!
「むーん」
「……何だよ」
「まったくもう」
「だから何だよ;;」
その日イングは、いつものようにケセド寮のリドの部屋に転がり込んでいた。ついでに言えば、ちょっぴりむくれていた。……最近は、この二つ上の狼の部屋におしかけて余暇を過ごすことが多い。何故だか多い。たぶん、リドは友達だけれども王子じゃないからだというのが、イングの考える最大の理由だ。……王子様方はそれはもうステキな方々ばかりだが、押しかけるとなるとそれなりにかしこまってしまう。その点リドなら特に気も使わないし、転がり込むならもってこいなのだ! ……そういう風にイングは自分を納得させていた。
「何がもってこいだよ……」
「ん? なあに?」
「イングさん、心の声が漏れてますよ」
「えっ何のことかしらん!」
「言ってろ……」
あきれたようなため息が壁際の机から聞こえる。……あんまり知られていないが、大概リドはマイペースだ。こうやってイングが転がりこんでいても、特に構いもせずに自分の宿題を片付けていたりなんかする。まあその分同じ学科の自分は時々助かるわけなので、見逃してあげているが!
「でもたまにはお茶ぐらい出してよね。僕お客なんだし」
「……客?」
本気で疑問に思っていそうなそんな声に、イングはますますむくれてそこらのクッションを抱きすくめてみた。……ええい、振り向かなくても、首をかしげる狼の姿が容易に想像できてしまうのは何故だろう!
「まったくもう、嫌になっちゃう。だいたいこのクッション硬いんだよ。殴って柔らかくしちゃおっと」
「強度三割増しだからね。……つーかお前、俺のラブリークッションズタズタにしたら処刑よ?」
「うっ……!」
耳の先から尻尾の先まで、びびびっと弱い雷が走る。恐る恐るイングが振り向いてみると、リドはすでにペンを置いてにっこりと笑っていた。……あれは本気だ。きっと本気だ。そう瞬間的に悟ったイングは、丁寧にクッションをカーペットの上に置いた。ついでにぽんぽんと軽く叩いて形を整えてみる。
「……これでよろしゅうございましょうか……」
「うむ」
大げさにリドが頷いたので、そこでようやくイングはほっと胸をなでおろした。……ああ怖かった!
「で、何をそんなにむくれてるんだ?」
「だってさあ……」
仕切り直すようなリドの声に、ぶう、とイングは再び頬を膨らませる。
「君が珈琲同好会に入ってるなんて聞いてなかったんだもん」
そう、つい昨日までイングは知らなかった。……入学早々食堂で生まれて初めて珈琲を飲んで、そのおいしさに引かれて入った珈琲同好会。その同好会に、友達のリドも先日入っていたということを!
「そりゃ言ってないもんな」
「言わんかい! ついでに手土産の一つも持って挨拶しにこんかーー!!」
「何でだっ!?」
「だって僕の方が先輩だもん!」
「……そういうイングは、ミヤさんのところに手土産持っていったのかなー?」
「僕は愛くるしくラブリーな絶賛マスコットキャラだからいいんです!」
「ワケわからんぞ、その理由!」
「わからないですと!? 信じられない!」
今度こそ愕然として、イングはそれこそ大の字になって盛大にカーペットに転がった。……そうだ、信じられない。友達なのに、親友なのに、ペット兼ライバル兼ラスボス兼勇者様なのに、知らなかったなんて!!!
すると、かたんと音がして、リドが立ち上がる気配がした。
「それじゃ、まあ……たまには先輩様のためにご馳走しましょうかね」
手土産代わりにねと付け加えて、リドはクローゼットの下の引き出しを開けてごそごそやっている。かと思えば、何やら道具を色々出してきて、ローテーブルの上にごちゃごちゃ並べ始めた。……マグカップは、わかる。砂糖とミルクもわかる。ただその他に、謎の箱と袋が出てきた。一際奇妙なのは箱の方だ。両手でなら持てる位の木箱だが、下はどうやら陶器のようだ。上にはなんだか丸っこいものがついていて、さらに小さなハンドルなんてものまで生えていた。
「ねえ、これなあに? おもちゃ?」
勝手にくるくるハンドルを回しながらイングはそう尋ねる。すると、リドは何故か目をぱちくりとさせた。心なしか驚いているようにも見える。
「イング……コーヒーミル、知らんの?」
「コーヒー……見る?」
「いや、ベタなギャグはいいから。……ひょっとして、自分でコーヒー淹れたことないのか?」
「ないよ。だって僕、ソレンティアに来て初めてコーヒー飲んだんだもん」
「そっか、それでか~……」
さっぱり訳がわからないイングを尻目に、リドは何やらしたり顔でうんうん頷いている。……それが何となく不愉快で、イングはローテーブルの上にどんと両腕を投げ出した。
「一人で納得してないで、説明したらどうなのさ」
「や、悪い悪い」
イングの嫌味もさらりとかわし、リドが袋を開ける。
その瞬間、香ばしいいい香りがした。
「え?」
目を見開いたイングをよそに、リドがざらざらと音を立てて、袋の中身を適当に箱の上の丸い部分に流し入れる。……豆だ。イングの目にはそう見えた。紛れもなくコーヒーの芳しい香りをまとった豆。これはいったいどういうことだろう。コーヒーは飲み物のはずなのに。
そんなこんなで目を白黒させているイングはやっぱり放っておいて、リドの手が小さなハンドルに伸びる。そして、
……そして次の瞬間、がりがりがりっとえもいわれぬ音がした。
「ぴゃあっ!?」
小さな箱から響いた大きな音に、イングは飛び上がった。耳と尻尾をぴんと立て、ついでにローテーブルの下に隠れようとする……が、それはさすがに無理だった。
「何してんだイング……」
呆れ顔で、それでもリドは手を止めず、相変わらずがりがりと何かやっている。……そっちこそ何をしてるんだ一体!
「はい、おしまい」
やがてリドは手を止め、下の箱をとんとんやった。そしてその中身を得意げに見せてきた。
「これが、コーヒーの粉」
「ええ!?」
覗きこんで、イングは目を見開いた。だってそこにあるのは、ただの黒い粉だったからだ。なんだか土みたいに見える。
「これ、ひょっとして溶かすの?」
「うんにゃ。イングに分かるように言うと……抽出するんだよ」
どこからどうやって調達したのか、リドの手にはすでに小さなポットが二つ握られていた。しかも片方からは湯気が立っていて、もう片方の蓋はなんだか実験で使う漏斗のようだ。ついでに、指の間には変な形のろ紙。
「これを、こうして……」
そこからの仕草は速過ぎて、一部始終をくまなく目に焼き付けるのは無理だった。ただしかし、ポットのお湯がコーヒーの粉に染みて、やがてそこからとてもおいしそうなコーヒーの雫が落ちてきたのだけは見て取れた。
……そうそれは、とてもとてもおいしそうなコーヒーだった!
「で、誰が先輩だって~?」
感動に打ち震えている自分をよそに、そんな可愛くない台詞を口走りながらリドはにやにやと笑っている。……ええい、なんて可愛くないんだろうほんとにもう!
「今日僕は一つ賢くなりました」
マグカップに口をつけ、イングはぽつりと呟いた。……うむ、美味い。
「コーヒーってああやって淹れるんだね。紅茶みたいに葉っぱがあるのかと思っていたよ」
「まあ、知らなきゃそう思うかもな……」
同じくコーヒーをすすりつつ、リドが呟く。……リドはミルクや砂糖を入れない。ローテーブルには両方出ているにもかかわらず。それはなんだかとっても嬉しいことのように思えた。
「リド」
「ん?」
だからイングは、くすりと一つ笑みを浮かべた。
「明日はブルマンでよろしくね!」
「何ーーーっ!?」
「……何、その驚き方」
「何って、めちゃめちゃ高いんだぞ、ブルマン!」
「いいじゃない。僕好きなんだもん、ブルマン」
リドのコーヒーもっと飲みたいなーと付け加え、イングはこっそり相手の顔色を窺った。
「むう……」
どうやら本気にしたらしく、リドは律儀にうんうんうなっている。それがおかしくて、イングはほくそ笑んでまたずずっと淹れたてのコーヒーをすすった。食堂のコーヒーより、ずっとずっとおいしかった。
だから、色々悔しい思いをしたけれども、そのあたりはオトナらしく見逃してあげることにした。……ブルマンしかコーヒーの種類を知らなかったことは、もちろん永遠の秘密だ!
毎度毎度芸がなくて申し訳ないですが。
…最初は絵にしようと思っていたのですがこっちにしました。
ラック兄さんの愛溢れるお写真には敵いません!(笑)
イングリット=ウィーグの一日は、何を隠そう運試しから始まる。
「えへへ」
「……」
「うふふ」
「……;;」
その日イングは朝からゴキゲンだった。…いや、その日もというべきか。その日も、その前の日も、そのまた前の日も、素敵な朝を迎えられて幸せだった。どのくらい幸せだったかというと、嫌いな牛乳も頑張って飲み干してしまえるほどだった。こんなことは前代未聞のことである!
「にゅっふっふ」
「……やかましい!」
「ぎにゃっ!」
……が、次の瞬間、前で並んでいたシンに頭をはたかれてしまった。
「何しやがりますか女豹ーー!」
「誰が女豹だ!?」
「ぎにゃあっ!?」
ぱこぱこといとも無造作に叩かれ、仕方なくイングはすごすごと引き下がる。
「ひどいなあ。僕の頭が悪くなっちゃったらどうしてくれるのさ」
するとシンは、やけに爽やかな笑顔を浮かべた。
「安心しろ。それ以上頭のネジが外れることはないから」
「ひどいやあ!」
なかなかに手ひどい発言に、それでもめげずにイングはちょろちょろとシンにつきまとう。……そうこうしてるうちに順番が来て、朝食を受け取り、シンが適当な席に着く。そしてそこは必ず、『向かい側に誰もいない』。
そこが、イングの『指定席』だった。……朝の短い時間帯に、いつも食堂に来るわけではないシンに『ばったり』会って、一緒に朝ごはんを食べる。それが毎朝の、イングの『運試し』だった。
「で、何をそんなににやけてんだよ?」
魚の身をきれいにほぐし、シンが聞いてくる。……すごいなあ、とイングは思う。何せ手つきがとてもきれいだ。自分はあんなにきれいに食べられない。
「あっ、さてはリドと何かあったな?」
やけに楽しそうなシンの声がして、仕方なくイングは無理やり記憶を掘り起こす。……もうちょっと、魚のホネを見学していたかったが。
「んーとねえ…この前縁日に行ったよ」
「へえ~。楽しかったか?」
「うん。そりゃもう!」
それは本当に本当のことだったので、イングは素直にうなずいた。ミカエラお兄様の綿飴を食べて、フェクさんと鈴木さんの店で射的をして。……リドにもらった子オルトロぬいぐるみは、きっと宝物になるだろう。
すると、シンは笑った。そして、不意になんとも言えない遠い目をしてつぶやいた。
「いいなあ……俺もラックと行きたかったな」
……次の瞬間イングは、魔力が尽きるまでネツァクの一室にイグニを叩き込みたい衝動にかられた。
「ほら、ラックは縁日スタッフだっただろ? だから一緒に回れなくてさ。しょうがないからシオンさんと一緒に行ったんだよな」
そんなイングの心中も知らず、シンは「レタスカキ氷食べに行ったか~?」などと乾いた笑い声をあげている。……イグニじゃ足りないな。唐突にイングはそう思った。うん、イグニじゃ足りないや。今からでも習おうかな、イグニマ。近代魔法史研究コースじゃ難しいかもしれないけど。
「イング? どした?」
突然押し黙ったイングの様子が気になったのだろう、シンは手を休めてそう聞いてくる。……手つきがきれいだ。そう思いながらイングはつぶやいた。
「シン、妹さんは元気かね?」
「はあ? あ、ああ…元気だけど…?」
「モップは? 執筆活動は順調?」
「……さっぱり意味がわかんねえんだけど。つか、お前何笑ってんだ?」
ややあっけにとられた表情でシンは首をかしげる。楽しいもんだな、とイングは思った。……うん、シンのこんな顔、めったに見られるもんじゃない。
「やだなあ、シンったら。僕を誘えばよかったのに」
「は? イングを?」
「そうですとも。それが王子の二号たる僕の務め」
ちょっとおどけたふりをして、くすくすとイングは笑う。
そう、自分は二番目だ。誰が何と言おうと二番目だ。……タランチュラが出たらモップで一匹一匹丁寧に退治してくれるとか、僕と一つ違いのステキな妹さんのことを溺愛してるとか、紅茶が好きだったりするとか。ラック兄やシオン先輩には敵わなくても、二番目ぐらいにはシンを知ってる。二番目ぐらいには声をかけてくれたっていい。
「ねえねえ、シン」
「…なんだよ」
やや警戒しているような声がする。それが耳に心地よくて、イングはにっこりと笑みを浮かべた。
「僕、今日あたり鍋パーティーしようと思うんだけど。シンもおいでよ」
「……言っとくけど、ウサギ鍋とかぬかしたらお前の部屋にタランチュラけしかけるからな」
「ええっ!? なんでどうして、僕のシャイでピュアでハートフルなオトメゴコロは盛大にブロークンだよう!」
「人の男を食うなーーー!!」
「あっはっは!」
けらけら笑って、イングはこくこくと牛乳を飲み干す。……そう、これでいい。遠い目なんて、シンには似合わない。
たとえお互いの一番はお互いじゃなくても、たとえ君は僕のことを知らなくても、僕はやっぱり君が大好き。
「あれ……」
「なあに?」
「イング……お前、牛乳飲めたっけ?」
だからもちろん、そんなつぶやきは全然聞こえないふりをした。
先輩ハッピーバースデー!
(BL風味注意報発令でよろしくです)
唐突に、本当に唐突にシオンがそう言うもので、イシトは麦茶のコップに口をつけたまま一つ瞬きをした。
「何?」
「君は、何が欲しいの?」
「……は?」
これにはさすがにイシトも、麦茶を飲む手を止めた。…ソレンティアというところは何故かひどく人間界の日本という国かぶれで、この麦茶も最近ショップに入荷されたものだ。おかげでつい買ってしまった。…いい味だけど、ちょっと薄いよな。ついでに言うと、お茶請けの水饅頭がどうしてもうないんだろう。僕まだ一つしか食べてないのに。
「…イシト、聞いてる?」
「聞いてるよ…」
それはもちろん嘘だったが、とりあえずお決まりの答えを返す。シオンはというと、呆れた顔で軽く肩をすくめてみせた。…ああ、やっぱりばれている。
「で、何がいい?」
「何って……ていうか何の話?」
「君が欲しいもの」
シオンは、やけににっこり笑ってこう言った。
「またクロカンブッシュがいい?」
…クロカンブッシュ。
「ちょっと待て、いったい何の話だよ!」
次の瞬間、イシトは思わず軽く声を荒げてしまった。…クロカンブッシュ。忘れようにも忘れられない、自分の中ではもはや伝説と化した一品。…あれのせいで、外でシュークリームが食べられなくなったんだそういえば。ああ、僕としたことが!
「だから、君の欲しいものだってば」
しかし、シオンの反応は冷静なものだった。
「何が欲しいかって、それだけなんだけどな」
「それはもう聞いた。だから、何でそんなこと聞くのさ」
するとシオンは、とてもきれいな手つきでフォークを置き、ただ一言こう言った。
「これの、お返し」
…ちらりと目をくれた傍らには、きれいにラッピングされた箱がある。
「ああ…」
ようやくイシトは理解した。つまりシオンは、誕生日プレゼントのお返しに何がいいかを聞いているのである。、まったく回りくどいといったらない。
「それならそうと最初から言えよ」
「いや、反応が面白くてついね」
シオンは相変わらずにこにこと笑っている。…まったくもって、この手の性格の奴はくえない。
「ていうか僕、お返しなんていらないよ。面倒くさい」
「面倒って…僕は別に面倒じゃないけど?」
「面倒なのは僕だよ。自分の誕生日の時もお返し考えなくちゃならないじゃないか。散財だし」
「言うと思った…」
シオンはなんともいえない顔で一つ苦笑いを浮かべた。
「まあ、それならそれとして。お返しはおいといて、欲しいものはないの?」
「おいといて?」
「そう、おいといて」
…欲しいもの。僕の、欲しいもの。
イシトは長いこと考え込んだ。とっくの昔に空になった水饅頭の皿をにらみつけながら。ああ、最初に買ってきたときはいくつあったっけ。
「……」
「…ねえ」
「………」
「………おーい、イシト~」
「………」
痺れを切らしたらしいシオンが呼んでいる。それを耳の端で聞きながら、イシトはぽつりと呟いた。
「……別に、ないな」
「……」
「……」
さて、二人は襟を正して向かい合った。当然の如く流れる、微妙な沈黙。……口が達者な二人が揃って、それでいてこんなに静かなことなど滅多にあることじゃない。
「……あのですね、イシトさん」
「はい、何でしょう」
微妙な口調で、二人は静かに対峙する。…一触即発の危機である。
「僕、君に欲しいものがあるか聞いたんだけど。それはわかってるよね?」
「はい、わかっています」
「…欲しいもの、ないの?」
これにはイシトはただ素直にうなずくしかなかった。
「うん、ない」
「本当にないの?」
「うん……」
いや、たしかにあった気はする。あれが店に入荷しないかなとか、これが食べたいなとか。…だが改めて聞かれると、思い出せなかった。いや、思いつかなかった。
「ないね…本当に」
「そう…」
シオンはふっと肩の力を抜くと、足を組んで言った。
「なら仕方ない。でも思い出したら教えてね」
その言葉に、イシトは思わずこう言った。
「…それも、ないな」
「……は?」
「ないと思う…多分」
「それどういう意味? 僕からはもらうものなんてないってこと?」
シオンの眉間にはっきりと皺が寄っている。…ああ、やっちゃったかな。内心やや焦りつつ、イシトは思いつくままに言ってみた。
「思いつかない。…何かが欲しいって騒いでる自分が、想像できない」
「……我侭言っても、いいんだよ?」
かけられた言葉の音が、今度は心なしか優しい。しかしそれにもイシトは首を振った。
「そうじゃなくて…本当に、本心から、欲しいものが何もないんだよ」
「…本当に?」
「うん。だって、僕……」
…その時唐突に、本当に唐突に、その言葉はふっとイシトの頭に浮かび上がった。だから色々と余計なことを考える前に、それはそのまま口をついて出た。
「僕、今…幸せだから」
……シオンが、珍しくあっけに取られた顔でこちらを見ている。その視線を痛いほどに感じたがしかし、発言を撤回する気にはなれなかった。
「つまり、現状に満足してるからさ」
…何もいらない。何もほしくない。今のこの幸せな時間がずっと続けば、それでいい。
もう一度心の中でそう呟いて、ふとイシトは空の皿を見やる。そして自然と口元をほころばせた。
「…ああ、あったな。ほしいもの」
「え?」
はっと我に返ったシオンが、軽く身を乗り出す。イシトは笑いながら皿を指差した。
「僕、まだ一個しか食べてないんだけど?」
「……あれ?」
小さくシオンが首をかしげる。それを見て、イシトはくすくすと忍び笑いをもらした。…また明日にでも買いに行こう。シオンはまた、食べに来るだろう。
その後イシトが、シオンにお返しをもらったかどうかは定かではない。ただし、翌日から怒涛の如く誰かさんの水饅頭攻めに遭い、ちょっぴり辟易したことは確かだ。